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奥山の八つ峰の椿君が代に
幾度影を変へんとすらん

歌の意味
奥山の幾重にも重なる峰に生える椿は、君の御代のうちに、いったい幾度その姿を変えようとするのであろう。
鑑賞
巻第十 賀歌 618

詞書「祝ひの心を詠める」
 祝いの心を詠んだ歌である。奥山の八つ峰の椿は、君の御代のうちに幾度姿を変えるのであろう、と詠む。中国の「荘子」に、大椿という木は八千年を春とし八千年を秋とするとあり、椿は長寿の象徴とされた。その椿でさえ君の御代のうちには幾度も姿を変えるであろうと詠み、限りない御代の長さを祝っている。
 作者の「藤原基俊」は右大臣藤原俊家の子である。官位には恵まれなかったが、歌壇の重鎮として源俊頼と並び称され、本集の撰者藤原俊成の師にあたる。
 本巻の第六百三十三首も、松山の松の葉の数も君が代に比べれば少ないと詠み、長寿の象徴をも君が代の長さには及ばないとして祝う発想が共通する。

 初句「奥山の」は、人里離れた深い山の、の意である。
 二句「八つ峰の椿」の「八つ峰」は幾重にも重なる峰をいう。「椿」は「荘子」の大椿の故事により、長寿の木とされた。
 三句「君が代に」は、君の御代のうちに、の意である。
 四句「幾度影を」の「影」は姿、ありさまの意で、椿が春秋を重ねて姿を変えることをいう。
 結句「変へんとすらん」の「ん」は意志の助動詞「む」、「らん」は現在推量の助動詞「らむ」で、幾度姿を変えようとするのであろう、の意である。

やつを:幾重にも重なった峰
かげ:姿、ありさま
作者
藤原基俊
出典
千載和歌集
前の歌
行く末をまつぞ久しき君が経ん 千代の始めの子の日と思へば
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君が代をなが月にしも白菊の 咲くや千歳のしるしなるらん