- 歌の意味
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揺るぎなく、これからも万代の末まで頼みとすべきである。藐姑射の山の峰の松の陰、すなわち仙洞の御所を。
- 鑑賞
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巻第十 賀歌 625
詞書「百首歌詠み給ひける時、祝ひの歌」
百首歌を詠んだ時の祝いの歌である。揺るぎなく、なおも万代まで頼みとすべきである、藐姑射の山の峰の松陰を、と詠む。藐姑射の山は中国の「荘子」に見える仙人の住む山で、転じて上皇の御所、仙洞をいう。院の御所を、不老の仙人の住む山に生える常緑の松の陰として仰ぎ、院の長寿と庇護を祝っている。
作者の「式子内親王」は後白河天皇の皇女である。若くして賀茂の斎院を務め、藤原俊成に和歌を学んだ。新古今時代を代表する女流歌人の一人で、小倉百人一首にも歌が採られている。
次歌の第六百二十六首も藐姑射の山を詠み、仙洞の永遠を祝う二首が並んでいる。
初句「動きなく」は、揺るぎなく、の意である。本巻の第六百十四首の三句「動きなき」と共通する。
二句「なほ万代ぞ」の「なほ」は、これからもなお、の意である。「ぞ」は強意の係助詞で、三句の「べき」と連体形で結ぶ。
三句「頼むべき」の「べき」は当然の助動詞「べし」の連体形で、二句の「ぞ」を受けて結ぶ。ここで句切れとなり、四句以下と倒置の関係にある。
四句「藐姑射の山の」の「藐姑射の山」は「荘子」に見える仙人の住む山で、上皇の御所、仙洞の異称となった。次歌の第六百二十六首の四句と同じ語である。
結句「峰の松陰」は、峰に生える松の木陰の意で、上皇の庇護をたとえる。体言止めである。第六百二十九首が松の方から君の陰を頼むと詠むのと反対の構図である。
はこやのやま:仙人の住む山。転じて上皇の御所、仙洞
まつかげ:松の木陰。転じて庇護
- 作者
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式子内親王
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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白雲に羽うち付けて飛ぶ鶴の 遥かに千代の思ほゆるかな
- 次の歌
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百千度浦島の子は帰るとも 藐姑射の山は常盤なるべし