高砂の尾上の松に吹く風の
音にのみやは聞きわたるべき
- 歌の意味
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高砂の峰の上の松に吹く風の音のように、あの人のことを噂にばかり聞き続けていてよいものだろうか。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 652
詞書は前の歌に続き「百首歌奉りける時、恋の歌とて詠み侍りける」
前歌と同じく久安百首の恋の歌である。高砂の峰の松に吹く風の音のように、噂にばかり聞き続けていてよいものか、と詠む。上の三句は「音」を導く序詞で、播磨の歌枕である高砂の松風に、遠くから評判を聞くばかりで逢うことのできない相手への思いを重ね、このままではいられないという焦りを表している。
作者の「左京大夫顕輔」は藤原顕輔である。修理大夫藤原顕季の子で、左京大夫を務め、崇徳院の命で詞花和歌集を撰んだ。六条藤家の歌学の基礎を築き、小倉百人一首にも歌が採られている。
本巻の第六百七十一首も「音には立てじ」と、風の「音」に寄せて恋を詠んでいる。
初句「高砂の」の「高砂」は播磨国の歌枕で、松の名所である。
二句「尾上の松に」の「尾上」は山の峰の上である。
三句「吹く風の」は、吹く風の音のように、の意で、上三句が序詞となって四句の「音」を導く。
四句「音にのみやは」の「音」は風の音から転じて、噂、評判の意となる。「やは」は反語の係助詞で、結句の「べき」と連体形で結ぶ。第六百七十一首の四句「音には立てじ」と共通する。
結句「聞きわたるべき」の「わたる」は、ずっと…し続ける意で、噂にばかり聞き続けていてよいものか、いやそうではない、の意である。
をのへ:山の峰の上
おと:評判、噂
ききわたる:長い間聞き続ける
- 作者
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藤原顕輔
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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思へどもいはでの山に年を経て 朽ちや果てなん谷の埋もれ木
- 次の歌
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荒磯の岩に砕くる波なれや つれなき人にかくる心は