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難波女のすくも焚く火の下焦がれ
上はつれなき我が身なりけり

歌の意味
難波の女が焚くすくもの火が、表には炎を見せず下でくすぶるように、心の中では恋い焦がれながら、表面は平然としている我が身であることだ。
鑑賞
巻第十一 恋歌一 665

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 難波の女が焚くすくもの火のように、下では恋い焦がれていながら、表面はそっけない我が身であった、と詠む。すくもを焚く火は炎を上げずに下でくすぶり続けることから、心の奥でひそかに燃え続ける恋と、表には何も出さない態度との落差を表している。
 作者の「藤原清輔朝臣」は左京大夫藤原顕輔の子である。六条藤家の歌学を継ぎ、「袋草紙」「奥義抄」などの歌学書を著した。小倉百人一首にも歌が採られている。
 巻頭の第六百四十一首の「難波江の藻に埋もるる」と同じく、難波の景物に秘めた恋を託す。また巻末の第七百三首も「恋の煙」と、恋を火と煙に寄せている。

 初句「難波女の」の「難波女」は、摂津国難波の海辺に住む女である。巻頭の第六百四十一首の初句「難波江の」と同じく難波の地を詠む。
 二句「すくも焚く火の」の「すくも」は枯れた葦や藻屑で、それを焚く火は炎を上げずにくすぶる。上二句が序詞となり、三句の「下焦がれ」を導く。第七百三首の四句「恋の煙を」と、恋を火に寄せる点で共通する。
 三句「下焦がれ」は、火が下でくすぶり焦げる意と、心の中でひそかに恋い焦がれる意を重ねる。
 四句「上はつれなき」の「上」は表面、うわべで、三句の「下」と対をなす。「つれなし」は平然として何事もない様子である。
 結句「我が身なりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、我が身であることだ、の意である。

なにはめ:難波の海辺に住む女
すくも:枯れた葦や藻屑。燃やすと炎を上げずにくすぶる
したこがる:表に出さずに心の中で恋い焦がれる
作者
藤原清輔
出典
千載和歌集
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陸奥のしのぶもぢずり忍びつつ 色には出でじ乱れもぞする
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恋ひ死なば世のはかなきに言ひ置きて なき跡までも人に知られじ