恋しさを憂き身なりとて包みしは
いつまでありし心なるらん
- 歌の意味
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恋しさを、つらいこの身の上だからといって包み隠していたのは、いつまであった心なのだろう。今はもう隠しきれない。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 681
詞書は前の歌に続き「題しらず」
恋しさを、つまらない我が身だからと包み隠していたのは、いつまであった心なのだろう、と詠む。かつては身のほどを思って恋心を隠していたのに、今では思いがつのって隠しきれなくなった変化を、かつての自制を振り返る形で表している。
作者の「源師光」は大納言源師頼の子である。村上源氏の歌人で、のちに出家して生蓮と号した。後鳥羽院の女房歌人である宮内卿の父にあたる。
本巻の第六百四十八首、第六百四十九首の「包めども」と、恋心を「包む」ことを詠む点で共通する。
初句「恋しさを」は、恋しく思う気持ちを、の意である。
二句「憂き身なりとて」の「憂き身」はつらく、つまらない身の上で、そのような身であるからといって、の意である。
三句「包みしは」の「包み」は人目をはばかって隠す意、「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、包み隠していたのは、の意である。第六百四十八首、第六百四十九首の初句「包めども」と同じ動詞である。
四句「いつまでありし」は、いつまであった、の意で、その心が今は失われていることを示す。
結句「心なるらん」の「らん」は現在推量の助動詞「らむ」で、心なのだろうか、の意である。
うきみ:つらい身の上
つつむ:人目をはばかって隠す
- 作者
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源師光
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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漏らさばや忍び果つべき涙かは 袖のしがらみかくとばかりも
- 次の歌
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頼めとや否とやいかにいな舟の しばしと待ちしほども経にけり