照射する端山が裾の下露や
入るより袖はかくしをるらん
- 歌の意味
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照射の狩りをする端山の裾野の下露のせいだろうか。山に分け入るやいなや袖がこれほど濡れしおれるのは。恋の道に入ったばかりで、早くも袖が涙に濡れることだ。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 702
詞書「同じ家に百首歌詠み侍りける時、初恋の心を詠める」
前歌と同じ兼実の家で百首歌を詠んだ時、「初恋」の題で詠んだ歌である。照射をする端山の裾の下露のせいか、入るやいなや袖はこのように濡れるのだろう、と詠む。夏の夜に火をともして鹿を狩る照射の狩人が端山の裾に入ると、たちまち下露で袖が濡れることに、恋の道に入ったばかりで早くも涙に袖を濡らす初恋の心を重ねている。この百首歌は治承二年(1178)の右大臣家百首である。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は権中納言藤原俊忠の子である。皇太后宮大夫を務め、のちに出家して釈阿と号した。後白河院の命を受けて本集を撰んだ。
巻頭の第六百四十一首から第六百四十四首まで「初めの恋」の題による歌が並んでいたのに対し、巻末近くの本歌も「初恋」を詠み、恋の初めの歌によって巻が始まり、終わりを迎える。また第六百四十四首の「思ふよりいつしか濡るるたもとかな」と、恋に入るとすぐに袖が濡れる趣向が共通する。
初句「照射する」の「照射」は、夏の夜、山中で火をともし、寄ってくる鹿を射る狩りである。
二句「端山が裾の」の「端山」は奥山に対して人里近い山で、その山裾の、の意である。
三句「下露や」の「下露」は草木の下葉に置く露、「や」は疑問の係助詞で、結句の「らん」と連体形で結ぶ。
四句「入るより袖は」の「入る」は山に入る意と、恋の道に入る意を重ねる。「より」は、…するやいなや、の意である。第六百四十四首の初句「思ふより」と同じ用法である。
結句「かくしをるらん」の「しをる」は濡れてぐっしょりする意、「らん」は原因推量の助動詞「らむ」の連体形で、三句の「や」を受けて結ぶ。
ともし:夏の夜、山中で火をともして鹿を狩ること
はやま:人里近い低い山
したつゆ:草木の下葉に置く露
しをる:濡れてぐっしょりする
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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思ひ出づるその慰めもありなまし 逢ひ見て後のつらさなりせば
- 次の歌
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いかにせん室の八島に宿もがな 恋の煙を空にまがへん