行き返る心に人の馴るればや
逢ひ見ぬ先に恋しかるらん
- 歌の意味
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あの人のもとへ行っては帰ってくる私の心に、あの人がすっかりなじんでしまったからだろうか。まだ逢ってもいないうちから、こんなにも恋しいのは。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 742
詞書「右大臣に侍りける時、家の歌合に恋の歌とて詠み侍りける」
右大臣であった時、自邸の歌合で恋の歌として詠んだ歌である。行っては帰る心に人がなじんでしまったからだろうか、逢わないうちから恋しいのは、と詠む。体は逢いに行けなくても心だけは何度も相手のもとへ通っているので、まだ逢ってもいないのに、すでに親しい人のように恋しく思われるという、恋の不思議を表している。
作者の「摂政前右大臣」は藤原兼実である。関白藤原忠通の子で、右大臣を経て摂政となり、のちに関白に至った。九条家の祖で、日記「玉葉」を残した。
第七百二十五首、第七百二十八首は、逢って馴れ親しんだ後のつらさを思う歌であるのに対し、本歌は逢う前から心が相手に馴れていると詠み、「馴る」をめぐって逢瀬の前と後とが対照的に扱われている。
初句「行き返る」は、行っては帰る、の意で、心が相手のもとへ通うことをいう。
二句「心に人の」は、私の心に相手が、の意である。
三句「馴るればや」の「馴る」は親しくなじむ意で、「ば」は原因を表し、「や」は疑問の係助詞として結句の「らん」と係り結びをなす。なじんでしまったからだろうか、の意である。ここで句切れとなる。
四句「逢ひ見ぬ先に」は、まだ逢わないうちに、の意である。
結句「恋しかるらん」の「らん」は原因推量の助動詞「らむ」の連体形で、三句の「や」の結びである。恋しいのだろうか、の意である。
ゆきかへる:行っては帰る。心が相手のもとへ通うことをいう
なる:親しくなじむ
- 作者
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藤原兼実
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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思ふこと忍ぶにいとど添ふものは 数ならぬ身の嘆きなりけり
- 次の歌
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逢ふことをさりともとのみ思ふかな ふしみの里の名を頼みつつ