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恋ひ死なんことぞはかなき渡り川
逢ふ瀬ありとは聞かぬものゆゑ

歌の意味
恋い死にしてしまうことはむなしいことだ。死者が渡る三途の川に、恋人と逢う瀬があるとは聞かないのだから。
鑑賞
巻第十二 恋歌二 762

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 恋い死にすることはむなしい、渡り川に逢う瀬があるとは聞かないのだから、と詠む。恋のために死んでも、死者の渡る三途の川で恋人に逢えるという話は聞かないので、死んだところで何の甲斐もないと、恋い死にさえ慰めにならない嘆きを表している。
 作者の「大宰大弐重家」は左京大夫藤原顕輔の子である。大宰大弐を務めた六条藤家の歌人で、兄に藤原清輔がいる。
 前々歌の第七百五十九首も「渡り川」を詠み、恋い死にの涙が渡り川の深い流れとなると詠んだのに対し、本歌はその川に逢う瀬はないと詠んで対をなしている。また第七百十五首は、この世でなくとも逢う瀬があるかと涙の川に身を投げようと詠んでおり、本歌はその望みを打ち消す形となっている。初句の「恋ひ死なん」は第七百二十二首、第七百三十首、第七百五十九首と同じである。

 初句「恋ひ死なん」の「ん」は婉曲の助動詞「む」の連体形で、恋い死にするような、の意である。本巻の第七百二十二首、第七百三十首、第七百五十九首も同じ初句で始まる。
 二句「ことぞはかなき」の「ぞ」は強意の係助詞で、連体形「はかなき」と係り結びをなす。むなしいことだ、の意で、ここで句切れとなる。
 三句「渡り川」は、死者が冥途へ行く途中で渡るという三途の川である。本巻の第七百五十九首の三句と同じ語である。
 四句「逢ふ瀬ありとは」の「逢ふ瀬」は恋人と逢う機会で、川の瀬に掛けていう。三句の「川」の縁語となる。第七百十五首の結句「逢ふ瀬ありやと」の望みを打ち消す。
 結句「聞かぬものゆゑ」の「ものゆゑ」は原因を表す接続助詞で、聞かないのだから、の意である。二句へ返る倒置となる。

わたりがは:死者が冥途へ行く途中で渡るという川。三途の川
あふせ:恋人と逢う機会。川の瀬に掛けていう
作者
藤原重家
出典
千載和歌集
前の歌
かかりける嘆きは何の報いぞと 知る人あらば問はましものを
次の歌
妹があたり流るる川の瀬に寄らば 泡となりても消えんとぞ思ふ