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思ひ寝の夢だに見えて明けぬれば
逢はでも鳥の音こそつらけれ

歌の意味
恋しく思いながら寝た夢に、せめてあの人が見えたのに、夜が明けてしまうと、実際には逢わなかったのに、夜明けを告げる鳥の声がつらく聞こえることだ。
鑑賞
巻第十二 恋歌二 765

詞書「恋歌とて詠める」
 恋の歌として詠んだ歌である。思い寝の夢にせめて人が見えたのに、夜が明けてしまうと、逢わなくても鳥の声がつらい、と詠む。夜明けを告げる鳥の声は、本来は共寝をした恋人たちの別れを促すものだが、夢でしか逢えなかった自分にも、夢の逢瀬を断ち切るものとしてつらく響くという、恋の切なさを表している。
 作者の「寂蓮法師」は俊海の子である。俗名は定長で、叔父の藤原俊成の養子となったが、のちに出家した。新古今和歌集の撰者の一人に選ばれたが、完成前に没した。小倉百人一首にも歌が採られている。
 次歌の第七百六十六首は、夜もすがら物思いをして夜が明けないことをつれないと詠み、夜が明けてつらいと詠む本歌と、夜明けをめぐって反転した構図をなしている。

 初句「思ひ寝の」は、恋しい人を思いながら寝ることの、の意である。
 二句「夢だに見えて」の「だに」は最小限を表す副助詞で、せめて夢にだけでも人が見えて、の意である。
 三句「明けぬれば」の「ぬれ」は完了の助動詞「ぬ」の已然形で、夜が明けてしまうと、の意である。次歌の三句「明けやらぬ」と、明けると明けないとで反転する。
 四句「逢はでも鳥の」の「で」は打消しの接続助詞で、逢わないでも、の意である。「鳥」は夜明けを告げる鶏をいう。
 結句「音こそつらけれ」の「こそ」は強意の係助詞、「つらけれ」は形容詞「つらし」の已然形で、係り結びをなす。鳥の声がつらい、の意である。

おもひね:恋しい人を思いながら寝ること
とりのね:夜明けを告げる鶏の声
作者
寂蓮
出典
千載和歌集
前の歌
はかなしな心尽くしに年を経て いつとも知らぬあふのまつ原
次の歌
夜もすがら物思ふころは明けやらぬ 閨のひまさへつれなかりけり