- 歌の意味
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あてにさせてきた野辺の道芝は、夏が深まって生い茂っている。いったいどこなのだろうか、鵙が姿を隠したという草の茂みは。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 795
詞書「法住寺殿にて五月御供花の時、男ども歌詠み侍りけるに、契後隠恋といへる心を詠み侍りける」
後白河院の御所法住寺殿で、五月に仏前に花を供える御供花の法会が催された時、男たちが歌を詠んだ折に、「契後隠恋」、すなわち契りを結んだ後に相手が姿を隠してしまう恋という題で詠んだ歌である。頼みにさせてきた野辺の道芝は夏が深い、どこなのだろうか、鵙の草茎は、と詠む。万葉集の「春されば百舌鳥の草ぐき見えずとも我は見やらむ君があたりをば」以来、鵙が草の中に潜って姿を隠すことを「鵙の草茎」と詠む。夏草が深く茂って道も見えず、草に潜った鵙のように身を隠した相手の居場所がわからないことを、題に即して表している。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は権中納言藤原俊忠の子である。皇太后宮大夫を務め、のちに出家して釈阿と号した。後白河院の命を受けて本集を撰んだ。
初句「頼めこし」の「頼め」は下二段活用で、頼みに思わせる意である。相手がこれまで頼みに思わせてきた、の意で、題の「契後」を示す。
二句「野辺の道芝」の「道芝」は道ばたに生える芝草で、相手のもとへ通う道を示す。
三句「夏深し」は、夏が深まって草が生い茂っている、の意である。ここで句切れとなる。
四句「いづくなるらん」の「らん」は現在推量の助動詞で、どこなのだろうか、と相手の行方を問う。ここで句切れとなる。
結句「鵙の草茎」は体言止めで、鵙が草に潜って姿を隠すことをいう万葉集以来の歌語である。題の「隠」を示す。
みちしば:道ばたに生える芝草
もずのくさぐき:鵙が草に潜って姿を隠すこと。万葉集以来の歌語
たのむ:下二段活用で、頼みに思わせる
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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千載和歌集
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なほざりに三輪の杉とは教へおきて 尋ぬる時は逢はぬ君かな
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