よそにしてもどきし人にいつしかと
袖の雫を問はるべきかな
- 歌の意味
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人ごとだと思って恋に泣く人を非難していた私が、いつのまにか、その人から袖の涙の雫のわけを問われることになりそうだ。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 801
詞書は前の歌に続き「百首歌奉りける時、恋の心を詠める」
前歌と同じく久安百首の恋の歌である。人ごととして非難していた人に、早くも袖の雫を問われることになりそうだ、と詠む。かつては恋に泣く人を他人事と見てとがめていた自分が、いざ恋をしてみると涙で袖を濡らし、今度はその人から涙のわけを問われる立場になったという、立場の逆転におかしみと嘆きを込めている。
作者の「左京大夫顕輔」は藤原顕輔である。修理大夫藤原顕季の子で、左京大夫を務め、崇徳院の命で詞花和歌集を撰んだ。六条藤家の歌学の基礎を築き、小倉百人一首にも歌が採られている。
初句「よそにして」は、自分には関係のないこととして、の意である。
二句「もどきし人に」の「もどく」は非難する意で、恋に泣く姿を非難した人に、の意である。
三句「いつしかと」は、早くも、いつのまにか、の意である。
四句「袖の雫を」の「袖の雫」は、袖を濡らす恋の涙である。
結句「問はるべきかな」の「る」は受身の助動詞、「べき」は推量の助動詞「べし」の連体形、「かな」は詠嘆の終助詞で、問われることになりそうだ、の意である。
もどく:非難する、とがめる
よそ:自分に関係のないこと
- 作者
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藤原顕輔
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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恋しさは逢ふを限りと聞きしかど さてしもいとど思ひ添ひけり
- 次の歌
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長からむ心も知らず黒髪の 乱れて今朝はものをこそ思へ