しばしこそ濡るる袂も絞りしか
涙に今は任せてぞ見る
- 歌の意味
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しばらくの間こそ、涙に濡れる袂も絞っていたが、今はもう、涙の流れるにまかせて見ている。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 816
詞書「歌合し侍りける時詠める」
歌合で詠んだ歌である。しばらくの間こそ濡れる袂も絞っていたが、今は涙にまかせて見ている、と詠む。初めのうちは人目を気にして涙に濡れた袂を絞っていたが、長い恋の苦しみの果てに、もはや絞る気力もなく、涙の流れるにまかせているという、あきらめにも似た恋の深まりを表している。
作者の「藤原清輔朝臣」は左京大夫藤原顕輔の子である。六条藤家の歌学者として知られ、「袋草紙」「奥義抄」などの歌学書を著した。小倉百人一首にも歌が採られている。
前歌は干す暇もない袖を嘆いたが、本歌は絞ることもやめて涙にまかせる袂を詠み、次歌の第八百十七首は涙で朽ちてしまえと唐衣に呼びかけて、涙に濡れる袖をめぐる三首が段階を追って並んでいる。
初句「しばしこそ」の「こそ」は強意の係助詞で、三句の「しか」と係り結びをなす。しばらくの間こそ、の意である。
二句「濡るる袂も」の「袂」は袖である。涙に濡れる袖も、の意である。
三句「絞りしか」の「しか」は過去の助動詞「き」の已然形で、初句の「こそ」の結びとなり、絞っていたが、と逆接で下へ続く。ここで句切れとなる。
四句「涙に今は」は、今は涙に、の意で、初句の「しばし」と「今」とを対比させる。
結句「任せてぞ見る」の「ぞ」は強意の係助詞で、「見る」と連体形で結ぶ。涙の流れるにまかせて見ている、の意である。
たもと:袖
しぼる:濡れた布などをねじって水気を出す
- 作者
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藤原清輔
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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潮垂るる伊勢をの海人の袖だにも 干すなる暇はありとこそ聞け
- 次の歌
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よしさらば涙に朽ちね唐衣 干すも人目を忍ぶ限りぞ