待つとてもかばかりこそはあらましか
思ひもかけぬ秋の夕暮
- 歌の意味
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たとえ待っていたとしても、これほどうれしくはなかっただろう。思いもかけなかった秋の夕暮れの訪れは。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 844
詞書「太宰帥敦道のみこ、仲絶え侍りけるころ、秋つかた思ひ出でて、ものして侍りけるに詠み侍りける」
敦道親王との仲が途絶えていた頃、秋になって親王が思い出して便りをくれた時に詠んだ歌である。待っていたとしてもこれほどではなかっただろう、思いもかけない秋の夕暮れの訪れは、と詠む。物思いのつのる秋の夕暮れに、諦めていた人から思いがけず便りが届いた喜びと感慨を、待つ場合と比べる形で表している。
作者の「和泉式部」は越前守大江雅致の娘である。和泉守橘道貞の妻となって小式部内侍を生み、のち為尊親王、敦道親王と恋愛関係を結んだ。上東門院彰子に仕え、情熱的な恋の歌で知られる。詞書の「太宰帥敦道のみこ」は冷泉天皇の皇子の敦道親王で、為尊親王の弟である。和泉式部との恋は『和泉式部日記』に描かれている。
初句「待つとても」の「とても」は仮定の逆接で、たとえ待っていたとしても、の意である。
二句「かばかりこそは」の「かばかり」はこれほど、の意で、「こそ」は強意の係助詞である。三句の「あらましか」と已然形で結ぶ。
三句「あらましか」の「まし」は反実仮想の助動詞で、その已然形「ましか」が「こそ」の結びとなっている。これほどではなかっただろう、の意となる。ここで句切れとなる。
四句「思ひもかけぬ」は思いもよらない、の意で、予期せぬ便りであったことを示す。初句の「待つ」と対をなす。
結句「秋の夕暮」は体言止めで、物思いのつのる秋の夕暮れに思いがけず届いた便りへの感慨を余韻として残している。本巻の第八百七十三首の「夕暮の空」と同じく、夕暮れを恋の時として詠む。
かばかり:これほど、これくらい
- 作者
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和泉式部
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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思ひ出でて誰をか人の尋ねまし 憂きに堪へたる命ならずは
- 次の歌
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ほど経れば人は忘れてやみぬらん 契りしことをなほ頼むかな