露深き浅間の野らに小萱刈る
賤の袂もかくは濡れじを
- 歌の意味
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露の深い浅間の野原で萱を刈る、身分の低い者の袂でさえ、これほどには濡れないだろうに。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 859
詞書は前の歌に続き「崇徳院に百首歌たてまつりける時、恋歌とて詠める」
前歌と同じく『久安百首』の恋の歌である。露の深い浅間の野原で萱を刈る賤しい者の袂も、これほどは濡れないだろうに、と詠む。露にまみれて野で草を刈る人の袂と比べることで、恋の涙に濡れる自分の袖のおびただしさを表している。「露深き」と「浅間」とで深さと浅さを対比させた言葉遊びも効いている。
作者の「藤原清輔朝臣」は左京大夫藤原顕輔の子である。六条藤家の歌学を継ぎ、『袋草紙』『奥義抄』などの歌学書を著した。小倉百人一首にも歌が採られている。
本歌から第八百六十首までは崇徳院に奉った久安百首の恋の歌が続き、一連をなしている。本巻の第八百九十三首も、海人の濡れる袖と比べて恋の涙に濡れる袖を詠んでおり、趣向が通じ合っている。
初句「露深き」は露のたっぷりと置いた、の意である。二句の「浅間」の「浅」と、深さと浅さで対比をなしている。
二句「浅間の野らに」の「浅間」は信濃国の地名で、「野ら」は野原のことである。
三句「小萱刈る」は萱を刈る、の意で、四句の「賤」の仕事を示す。
四句「賤の袂も」の「賤」は身分の低い者のことで、「も」によって、その袂でさえ、の意を添える。
結句「かくは濡れじを」の「かく」はこのように、すなわち自分の袖のように、の意である。「じ」は打消推量の助動詞で、「を」は逆接の接続助詞である。これほどには濡れないだろうに、と言いさして、恋の涙の多さを暗示している。
のら:野原
をかや:萱
しづ:身分の低い者
- 作者
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藤原清輔
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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恋をのみすがたの池にみ草ゐて すまでやみなん名こそ惜しけれ
- 次の歌
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逢ふことはいなさ細江のみをつくし 深きしるしもなき世なりけり