思ひかねなほ恋路にぞ帰りぬる
恨みは末も通らざりけり
- 歌の意味
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思いをこらえきれずに、やはり恋の道へと帰ってきてしまった。恨みというものは、最後まで貫き通すことはできないものであったのだ。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 885
詞書「歌合し侍りける時、恋歌とて詠める」
歌合の時に、恋の歌として詠んだ歌である。思いに耐えかねて、やはり恋路に帰ってしまった、恨みは末まで通らなかった、と詠む。相手の薄情を恨んで恋を断ち切ろうとしたものの、恋しさに耐えきれず、結局また恋の道へ戻ってしまったと、恨みを貫き通せない心の弱さを表している。「恋路」の「路」に寄せて、「帰る」「末」「通る」と道にかかわる語を連ねた歌である。
作者の「俊恵法師」は源俊頼の子である。東大寺の僧となり、白川の僧坊を歌林苑と名づけて多くの歌人を集め、歌会や歌合を催した。小倉百人一首にも歌が採られている。
次歌の第八百八十六首も同じく歌合の恋の歌で、二首が並ぶ。
初句「思ひかね」の「かぬ」は…しかねる、できない意で、思いをこらえきれずに、の意である。
二句「なほ恋路にぞ」の「なほ」はやはり、の意で、「恋路」は恋の道のことである。「ぞ」は強意の係助詞で、三句の「帰りぬる」と連体形で結ぶ。
三句「帰りぬる」の「ぬる」は完了の助動詞「ぬ」の連体形で、帰ってしまった、の意である。「恋路」の縁語で、ここで句切れとなる。
四句「恨みは末も」の「恨み」は相手の薄情を恨む心で、「末」は最後、果てのことである。「末」は「恋路」の縁語でもある。
結句「通らざりけり」の「通る」は貫き通す意で、「恋路」の縁語である。「けり」は気づきの詠嘆で、最後まで貫けないものであったのだ、と悟った思いを示して結ぶ。
こひぢ:恋の道
すゑ:最後、果て
- 作者
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俊恵
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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忘れぬや忍ぶやいかに逢はぬまの 形見と聞きし明け暮れの空
- 次の歌
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見せばやな雄島の海人の袖だにも 濡れにぞ濡れし色は変はらず