- 歌の意味
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移ろいやすい人の心の何を頼みにして、水無瀬川の堰の古杭のように、私はむなしく朽ち果ててしまったのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 915
詞書「中納言国信家歌合に、恋の心を詠める」
中納言源国信の邸で催された歌合で、恋の題で詠んだ歌である。人の心の何を頼みにして、水無瀬川の堰の古杭は朽ち果ててしまったのだろうか、と詠む。水の流れに耐えて立ち続けるうちに朽ちていく古杭に、当てにならない恋人の心を頼みに待ち続け、むなしく身を朽ち果てさせていく自分を重ねている。水が地下を流れて表に見えないという水無瀬川の名に、頼むもののないはかなさを響かせている。なお本文の四句は「せきのふるくひ」とあり、読み仮名の行の「せせのふるくひ」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
作者の「藤原基俊」は右大臣藤原俊家の子である。官位には恵まれなかったが、歌壇の重鎮として源俊頼と並び称され、本集の撰者藤原俊成の師にあたる。
本巻の第九百五十一首「この世に人を頼みけるかな」も、人を頼みにしたことへの悔いを詠む。また「朽ち果つ」の語は第九百四十首の「押さふる袖も朽ち果てて」と共通する。
初句「人心」は人の心、ここでは恋人の心をいう。移ろいやすいものとして詠まれることが多い。
二句「何を頼みて」は、何を頼みにして、の意である。頼むに足るもののない人の心を頼みにしてきたことへの嘆きを含む。
三句「水無瀬川」は摂津国の川で、歌枕である。水が地下を流れて表に見えない川とされ、頼むもののないはかなさを響かせる。
四句「堰の古杭」の「堰」は川の流れをせき止める仕掛け、「古杭」はそこに打たれた古い杭である。流れに耐えて立ち続ける杭に、待ち続ける自分を重ねる。
結句「朽ち果てぬらん」の「ぬ」は完了の助動詞、「らん」は原因を推量する現在推量の助動詞「らむ」で、朽ち果ててしまったのだろうか、の意である。二句の「何を」と呼応する。本巻の第九百四十首の三句「朽ち果てて」と同じ語である。
せき:川の流れをせき止める仕掛け、堰
ふるくひ:古くなった杭
くちはつ:すっかり朽ちる
- 作者
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藤原基俊
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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かりにぞと言はぬ先より頼まれず たち止まるべき心ならねば
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恨みずは忘れぬ人もありなまし 思ひ知らでぞあるべかりける