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変はりゆく気色を見ても生ける身の
命をあだに思ひけるかな

歌の意味
移り変わっていくあの人の様子を目の当たりにしても、なお生きているこの身なのに、その命をはかないものと思っていたことだ。
鑑賞
巻第十五 恋歌五 926

詞書「題しらず」
 変わっていく相手の様子を見ても生きているこの身なのに、命をはかないものと思っていたことよ、と詠む。恋人の心が移り変わるのを見たら、悲しみのあまり命も絶えてしまうだろうと思っていたのに、実際にはその変化を目の当たりにしてもなお生き続けている。命ははかないと思っていたが、実はつらさにも絶えないものであったと、皮肉な気づきを通して恋の苦しみを詠んでいる。なお本文の結句は「おもひけるかか」とあるが、誤記とみて読み仮名の行の「おもひけるかな」に従う。
 作者の「殷富門院大輔」は藤原信成の娘である。後白河天皇の皇女殷富門院亮子内親王に仕えた女房歌人で、多作の歌人として知られる。小倉百人一首にも歌が採られている。
 本巻の第九百十首「疑ひし命ばかりはありながら」も、相手の心が離れても命は残るという趣を詠む。また次歌の第九百二十七首「みな変はりぬる」と「変はる」の語で続いている。

 初句「変はりゆく」は、移り変わっていく、の意で、恋人の心変わりをいう。次歌の第九百二十七首の結句「みな変はりぬる」と応じる。
 二句「気色を見ても」の「気色」は様子、態度の意で、相手の冷たくなっていく様子を見ても、の意である。
 三句「生ける身の」の「生け」は「生く」の已然形、「る」は存続の助動詞「り」の連体形で、今も生きているこの身の、の意である。
 四句「命をあだに」の「あだ」ははかない、もろい、の意である。
 結句「思ひけるかな」の「ける」は気づきの詠嘆の助動詞「けり」の連体形、「かな」は詠嘆の終助詞で、思っていたことだ、の意である。命は思いのほか絶えないものであったと気づいた思いを表す。

けしき:様子、態度
あだ:はかないこと、もろいこと
作者
殷富門院大輔
出典
千載和歌集
前の歌
君恋ふる心の闇をわびつつは この世ばかりと思はましかば
次の歌
君やあらぬ我が身やあらぬおぼつかな 頼めしことのみな変はりぬる