物思へどもかからぬ人もあるものを
あはれなりける身の契りかな
- 歌の意味
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恋の物思いをしても、私のようにはならない人もいるというのに。なんと哀れな、この身の宿縁であることよ。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 928
詞書「題しらず」
物思いをしてもこのようにはならない人もあるのに、哀れなわが身の宿縁であることよ、と詠む。恋に悩む人は多くても、皆が自分ほど苦しむわけではないのに、自分だけがこれほどの物思いに沈むのは、前世から定められた宿縁なのだと嘆いている。恋の苦しみを宿世として受け止める、内省的な歌である。
作者の「円位法師」は西行である。俗名は佐藤義清で、鳥羽院の北面の武士であったが、若くして出家し、諸国を旅しながら多くの歌を詠んだ。小倉百人一首にも歌が採られている。
本巻の第九百十九首の「世々の契り」と同じく、恋の苦しみを宿縁としての「契り」と捉えている。また本歌と次歌の第九百二十九首は円位法師の歌が二首続く。
初句「物思へども」は字余りである。「物思ふ」は恋の物思いをする意、「ども」は逆接の接続助詞で、物思いをしても、の意である。
二句「かからぬ人も」の「かから」はこのようである意の「かかり」の未然形、「ぬ」は打消しの助動詞「ず」の連体形で、このようにはならない人も、の意である。
三句「あるものを」の「ものを」は逆接の接続助詞で、いるというのに、の意である。ここで句切れとなる。
四句「あはれなりける」の「あはれ」はしみじみと哀れなこと、「ける」は気づきの詠嘆の助動詞「けり」の連体形である。
結句「身の契りかな」の「契り」は前世からの宿縁、「かな」は詠嘆の終助詞である。本巻の第九百十九首の二句「世々の契りを」と同じく、宿縁としての「契り」を詠む。
ものおもふ:物思いにふける、恋に悩む
ちぎり:前世からの宿縁、宿世
- 作者
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西行
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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君やあらぬ我が身やあらぬおぼつかな 頼めしことのみな変はりぬる
- 次の歌
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嘆けとて月やは物を思はする かこち顔なる我が涙かな