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嘆く間に鏡の影も衰へぬ
契りしことの変はるのみかは

歌の意味
嘆いているうちに、鏡に映る私の姿もすっかり衰えてしまった。変わったのは、約束したことだけであろうか。
鑑賞
巻第十五 恋歌五 938

詞書「百首歌召しける時、恋の歌とて詠ませ給うける」
 百首歌を召した時に、自ら恋の歌として詠んだものである。嘆いているうちに鏡に映る姿も衰えてしまった、変わったのは約束したことだけであろうか、と詠む。恋人が約束を違えて心変わりしたことを嘆き暮らすうちに、鏡に映る自分の容貌までもすっかり衰えてしまったと、心変わりと容貌の衰えという二つの変化を重ねて、長い嘆きの月日を表している。この百首歌は久安百首である。
 作者の「崇徳院御製」は第七十五代崇徳天皇である。鳥羽天皇の第一皇子で、母は待賢門院璋子である。和歌を好み、久安百首を召し、詞花和歌集の撰集を命じた。保元の乱に敗れて讃岐に配流され、その地で崩じた。小倉百人一首にも歌が採られている。
 本歌から第九百四十四首までは同じ久安百首の歌が続く。また第九百二十六首、第九百二十七首に続き、本歌も「変はる」の語で心変わりを詠む。

 初句「嘆く間に」は、嘆いているうちに、の意である。
 二句「鏡の影も」の「影」は鏡に映る姿をいう。「も」は、約束だけでなく鏡の影も、の意を表し、結句の「のみかは」と呼応する。
 三句「衰へぬ」の「ぬ」は完了の助動詞で、衰えてしまった、の意である。ここで句切れとなる。
 四句「契りしことの」は、将来を約束したことが、の意である。本巻の第九百十首、第九百五十一首の「契りし中」と同じく、交わした約束を詠む。
 結句「変はるのみかは」の「のみ」は限定の副助詞、「かは」は反語の係助詞で、変わるのは約束だけであろうか、いや私の容貌も変わってしまった、の意である。本巻の第九百二十七首の結句「みな変はりぬる」と同じく、心変わりを詠む。

かげ:鏡に映る姿
めす:お召しになる、取り寄せる
作者
崇徳院
出典
千載和歌集
前の歌
年経れど憂き身はさらに変はらじを つらさも同じつらさなるらん
次の歌
年経れどあはれに堪へぬ涙かな 恋しき人のかからましかば