- 歌の意味
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いったい誰の里を訪れる春のついでに、鶯は霞に閉ざされたこの家を訪ねようというのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 962
詞書「十二月ばかりに、門を叩きかねてなん帰りにしと恨みたりける男、年返りて、門は開きぬらんやと言ひて侍りければ、遣はしける」
十二月ごろ、門を叩きかねて帰ってしまったと恨み言を言ってきた男が、年が明けて、もう門は開いたでしょうか、と言ってきたので送った歌である。いったい誰の里を訪れる春のついでに、鶯は霞に閉ざされたこの家を訪ねるのだろうか、と詠む。男を春の鶯に、自分の家を霞に閉ざされた宿にたとえ、ほかの女のもとへ通うついでに立ち寄るのだろうと皮肉を込めて切り返している。門は開いたかという男の言葉に対し、春の霞で閉ざされていると答える機知の歌である。
作者の「上東門院紫式部」は藤原為時の娘である。藤原宣孝と結婚して大弐三位を生み、夫の死後、上東門院彰子に仕えた。『源氏物語』『紫式部日記』の作者として知られ、小倉百人一首にも歌が採られている。
前歌の第九百六十一首が定子に仕えた清少納言の歌であるのに続き、本歌は彰子に仕えた紫式部の歌で、二人の后に仕えた女房の歌が並んでいる。
初句「誰が里の」は、誰の住む里の、の意で、男が通うほかの女の家を暗に指している。
二句「春のたよりに」の「たより」は、ついで、機会の意で、春の訪れのついでに、の意である。
三句「鶯の」は、春を告げる鳥で、ここでは訪ねてくる男をたとえる。
四句「霞に閉づる」は、春の霞に閉ざされた、の意で、男の言う「門は開きぬらんや」に対し、門はまだ閉ざされていると答えている。
結句「宿を訪ふらん」の「訪ふ」は訪れる意、「らん」は原因推量の助動詞で、宿を訪ねようとするのだろうか、の意である。
たより:ついで、機会
とづ:閉ざす
とふ:訪れる、訪ねる
- 作者
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紫式部
- 出典
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千載和歌集
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うは氷あはに結べるひもなれば かざすひかげにゆるぶばかりを
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妹と寝て起きゆく朝の道よりも なかなか物の思はしきかな