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昨日見ししのぶもぢずり誰ならん
心のほどぞ限り知られぬ

歌の意味
昨日見た、しのぶもじずりの狩衣を着ていたのは誰なのだろう。その心ばえの深さは、限りも知れないほどだ。
鑑賞
巻第十六 雑歌上 976

詞書「右大将兼長、春日の祭の上卿に立ち侍りける供に、藤原範綱が子、清綱が六位に侍りけるに、しのぶ摺りの狩衣を着せて侍りけるを、をかしく見えければ、又の日範綱がもとに差し置かせ侍りける」
 右大将藤原兼長が春日祭の上卿として赴いた際、その供に、藤原範綱の子でまだ六位であった清綱にしのぶ摺りの狩衣を着せていたのが趣深く見えたので、翌日範綱のもとに置かせた歌である。昨日見たしのぶもじずりは誰だったのだろう、その心ばえの深さは限りも知れない、と詠む。名高い古歌の「しのぶもぢずり」を踏まえ、陸奥の名産になぞらえた狩衣を子に着せた範綱の風流な心づかいをたたえている。
 作者の「左京大夫顕輔」は藤原顕輔である。藤原顕季の子で、六条藤家の歌学を受け継ぎ、崇徳院の命により『詞花和歌集』を撰進した。小倉百人一首にも歌が採られている。
 本歌は、『古今和歌集』の河原左大臣源融の「陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに」を本歌とし、「しのぶもぢずり」「誰」の語を取っている。

 初句「昨日見し」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、昨日見た、の意である。春日祭の行列を見たことを指す。
 二句「しのぶもぢずり」は、しのぶ草で乱れ模様を摺り出した布で、陸奥の信夫の名産とされた。本歌の二句をそのまま取っている。
 三句「誰ならん」は、誰なのだろう、の意で、本歌の「誰ゆゑに」を受けている。ここで句切れとなる。
 四句「心のほどぞ」は、心ばえの深さ、心づかいの程度は、の意である。「ぞ」は強意の係助詞で、結句の「ぬ」で結ぶ。
 結句「限り知られぬ」の「れ」は可能の助動詞「る」の連用形、「ぬ」は打消しの助動詞「ず」の連体形で、限りも知ることができない、の意である。

しのぶもぢずり:しのぶ草の茎や葉を布に摺りつけて乱れ模様を染め出したもの
しやうけい:朝廷の儀式や行事を執り行う責任者の公卿
かりぎぬ:平安時代の貴族の平常着
作者
藤原顕輔
出典
千載和歌集
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