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住みわびて身を隠すべき山里に
あまり隈なき夜半の月かな

歌の意味
世に住みづらくなって、身を隠そうとする山里に、あまりにも曇りなく照らしている夜半の月であることよ。
鑑賞
巻第十六 雑歌上 988

詞書「山家月といへる心を詠み侍りける」
 「山家の月」という題で詠んだ歌である。世に住みわびて身を隠すための山里に、あまりにも曇りなく照る夜半の月であることよ、と詠む。俗世を逃れてひっそりと隠れ住もうとする山里を、月が隅々まで明るく照らし出してしまうことを、とがめるように嘆いている。月の美しさをたたえつつ、隠遁の心との食い違いをとらえた趣深い歌である。
 作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。藤原俊忠の子で、皇太后宮大夫をつとめ、のちに出家して釈阿と号した。後白河院の院宣によりこの『千載和歌集』を撰進した撰者である。小倉百人一首にも歌が採られている。
 前歌の第九百八十七首と結句「夜半の月かな」を共有する。前歌が澄む月を憂き世の慰めとして受け入れるのに対し、本歌は身を隠す山里を照らしすぎる月を嘆き、同じ澄んだ月に対する思いが反転している。

 初句「住みわびて」は、世に住むのがつらくなって、の意である。
 二句「身を隠すべき」の「べき」は当然の助動詞「べし」の連体形で、身を隠すはずの、の意である。
 三句「山里に」は、俗世を離れた山あいの住まいに、の意である。
 四句「あまり隈なき」の「隈なし」は、曇りや陰がない意で、あまりにも曇りなく照る、の意である。隠れようとする身と、隅々まで照らす月とが対比されている。
 結句「夜半の月かな」は前歌の第九百八十七首の結句と同じ句で、「かな」は詠嘆の終助詞である。

すみわぶ:住むのがつらくなる、住みづらく思う
くまなし:曇りや陰がない
よは:夜中、夜更け
作者
藤原俊成
出典
千載和歌集
前の歌
かくばかり憂き世の中の思ひ出でに 見よとも澄める夜半の月かな
次の歌
播磨潟須磨の月夜め空冴えて 絵島が崎に雪降りにけり