木の間もる有明の月の送らずは
ひとりや山の峰を出でまし
- 歌の意味
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木の間を漏れてくる有明の月が送ってくれなかったならば、私はひとりで山の峰を出ていくことになっただろうか。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1001
詞書「箕面の山寺に日ごろ籠りて、出で侍りける暁、月のおもしろく侍りければ」
箕面の山寺に何日も籠っていて、そこを出た明け方、月が趣深く照っていたので詠んだ歌である。木の間を漏れる有明の月が送ってくれなかったならば、ひとりで山の峰を出ていっただろうか、と詠む。山寺を出る明け方の道を照らしてくれる有明の月を、見送ってくれる友のように感じ、そのおかげでひとりではないと心を慰めている。
作者の「仁和寺後入道法親王」は覚性法親王である。鳥羽天皇の皇子で、仁和寺に入って出家し、仁和寺の門跡となった。
前歌の第千首と「有明の月」を共有する。前歌が隠れないでほしいと願う有明の月であるのに対し、本歌は道を送ってくれる有明の月で、月に寄せる親しみが通っている。
初句「木の間もる」は、木々の間から漏れてくる、の意である。
二句「有明の月の」は、夜明けの空に残る月で、前歌の第千首の結句「有明の月」を受ける。
三句「送らずは」は、見送ってくれなかったならば、の意で、月を人のように見ている。
四句「ひとりや山の」の「や」は疑問の係助詞で、結句の「まし」で結ぶ。
結句「峰を出でまし」の「まし」は反実仮想の助動詞で、峰を出ていっただろうか、の意である。
こもる:寺などに籠って祈る
このま:木々の間
おくる:見送る
- 作者
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覚性法親王
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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うき雲のかかるほどだにあるものを 隠れな果てそ有明の月
- 次の歌
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琴の音を雪に調ぶと聞こゆなり 月冴ゆる夜の峰の松風