唐国に沈みし人も我がごとく
三代まで逢はぬ嘆きをぞせし
- 歌の意味
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唐の国で不遇に沈んだ人も、私と同じように、三代の帝に仕えながら時に逢わない嘆きをしたのだ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1025
詞書「堀河院御時、百首歌奉りける時、述懐の心を詠める」
堀河天皇の時代に百首歌を奉った時、述懐の心を詠んだ歌である。唐の国で不遇に沈んだ人も、私と同じように三代まで時に逢わない嘆きをした、と詠む。漢の顔駟が三代の帝に仕えながら、そのつど帝の好みに合わずに昇進できなかったという故事を踏まえ、自分の不遇を古人に重ねて嘆いている。
作者の「藤原基優」は藤原基俊である。原文には「基優」とあるが、堀河百首の作者であることや、次歌が小倉百人一首の基俊の歌であることから、基俊の誤りと見られる。基俊は藤原俊家の子で、右大臣藤原頼宗の孫にあたる。官位には恵まれなかったが、歌壇の重鎮として源俊頼と並び称された。小倉百人一首にも歌が採られている。
前歌の第千二十四首の「沈みながらに」を受けて、本歌は「沈みし人」と詠み、前歌の「四代」に対して「三代」の不遇を詠んでいる。
初句「唐国に」は、中国において、の意で、漢の顔駟の故事を指す。
二句「沈みし人も」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、不遇に沈んだ人も、の意である。前歌の第千二十四首の二句「沈みながらに」と応じる。
三句「我がごとく」は、私と同じように、の意である。
四句「三代まで逢はぬ」は、三代の帝の御代まで時に逢わない、の意である。前歌の「代々」「四代」と応じる。
結句「嘆きをぞせし」の「ぞ」は強意の係助詞で、過去の助動詞「き」の連体形「し」で結ぶ。嘆きをしたのだ、の意である。
からくに:中国
しづむ:不遇で低い地位にとどまる
じゆつくわい:心中の思いを述べること
- 作者
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藤原基俊
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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いかなれば沈みながらに年を経て 代々の雲居の月を見つらん
- 次の歌
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契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり