ゆくすゑを思へば悲し津の国の
長柄の橋も名は残りけり
- 歌の意味
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自分の行く末を思うと悲しい。津の国の長柄の橋も、橋そのものは朽ちても、名だけは残っていることだ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1030
詞書「天王寺に詣で侍りけるに、長柄にて、ここなん橋の跡と申すを聞きて、詠み侍りける」
天王寺に参詣した途中、長柄で、ここが長柄の橋の跡だと人が言うのを聞いて詠んだ歌である。行く末を思うと悲しい、津の国の長柄の橋も名は残っていることだ、と詠む。古来名高い長柄の橋も今は跡ばかりで、ただ名だけが残っている。それを見て、名も残らないであろう自分の行く末を思い、悲しんでいる。
作者の「源俊頼朝臣」は源経信の子である。堀河院歌壇の中心として活躍し、白河院の命により『金葉和歌集』を撰進した。歌論書『俊頼髄脳』を著し、小倉百人一首にも歌が採られている。
本歌から第千三十二首まで長柄の橋を詠む歌が三首並ぶ。本歌は名だけが残ると詠み、次歌の第千三十一首は橋柱が昔のまま残ると詠み、第千三十二首は跡もないと詠んで、同じ橋の残り方をめぐって三様の見方が示されている。
初句「ゆくすゑを」は、これから先の自分の行く末を、の意である。
二句「思へば悲し」の「ば」は確定条件で、思うと悲しい、の意である。ここで句切れとなる。
三句「津の国の」は、摂津国の、の意である。
四句「長柄の橋も」は、摂津国の淀川に架けられていた長柄の橋で、古びたもののたとえとされた歌枕である。次歌の第千三十一首の四句「昔ながらの」、第千三十二首の二句「長柄の橋は」と応じる。
結句「名は残りけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、名は残っていることだ、の意である。橋そのものは朽ちても名だけが残ることを詠む。
ながらのはし:摂津国の淀川に架けられた橋、古びたもののたとえとされた歌枕
つのくに:摂津国
ゆくすゑ:これから先、将来
- 作者
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源俊頼
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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はかなしな憂き身ながらも過ぎぬべき この世をさへも忍びかぬらん
- 次の歌
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何事も変はりゆくめる世の中に 昔ながらの橋柱かな