- 歌の意味
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何もかもが移り変わっていくように見えるこの世の中に、昔のままに残っている長柄の橋の橋柱であることよ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1031
詞書「長柄の橋のわたりにて詠める」
長柄の橋のあたりで詠んだ歌である。何事も変わっていくように見える世の中に、昔ながらの長柄の橋柱であることよ、と詠む。すべてが移ろう世にあって、長柄の橋の橋柱だけは昔のまま残っていることに感動し、「ながら」に「昔ながら」と地名の「長柄」を掛けて詠んでいる。
作者の「道命法師」は藤原道綱の子である。天王寺の別当をつとめ、読経の声の美しさで知られた。中古三十六歌仙の一人である。
長柄の橋を詠む三首の二首目である。前歌の第千三十首が名だけ残ると詠むのに対し、本歌は橋柱が昔のまま残ると詠み、次歌の第千三十二首は跡もないと詠む。また本巻の第千二十七首の「世の中のありしにもあらずなりゆけば」とも、変わりゆく世を詠む点で通う。
初句「何事も」は、何もかも、の意である。
二句「変はりゆくめる」の「める」は推量の助動詞「めり」の連体形で、変わっていくように見える、の意である。
三句「世の中に」は、この世の中に、の意である。本巻の第千二十七首の初句「世の中の」と応じる。
四句「昔ながらの」の「ながら」は、昔のままの意の「ながら」と、地名の「長柄」を掛ける掛詞である。前歌の第千三十首の四句「長柄の橋も」と応じる。
結句「橋柱かな」の「橋柱」は橋脚の意、「かな」は詠嘆の終助詞で、橋柱であることよ、の意である。
ながら:「昔ながら」の意と、地名の長柄を掛ける
はしばしら:橋脚
- 作者
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道命
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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ゆくすゑを思へば悲し津の国の 長柄の橋も名は残りけり
- 次の歌
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今日見れば長柄の橋は跡もなし 昔ありきと聞きわたれども