雲の上の春こそさらに忘られね
花は数にも思ひ出でじを
- 歌の意味
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宮中で過ごした春のことこそ、いっそう忘れられない。花のほうは、私のことなど物の数にも思い出さないだろうに。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1056
詞書「遁世の後、花の歌とて詠める」
出家遁世した後に、花の歌として詠んだ歌である。宮中の春こそいっそう忘れられない、花は私のことなど物の数にも思い出さないだろうに、と詠む。世を捨てた身でありながら、かつて宮中で花を愛でた春が忘れられないと告白し、その一方で花の方は自分を思い出しもしないだろうと、片思いのような心を詠んでいる。宮仕えへの断ちがたい思いが表れた歌である。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。藤原俊忠の子で、皇太后宮大夫をつとめ、安元二年(1176)に出家して釈阿と号した。『千載和歌集』の撰者で、藤原定家の父にあたる。
前歌の第千五十五首が、出家した自分を花がどう見るかを思いやったのに対し、本歌は花は自分を思い出しもしないだろうと詠み、出家した身と花との関わりをめぐって対応している。
初句「雲の上の」は宮中を指す。六音の字余りである。巻末の第千百五十八首、第千百五十九首の「雲路」と、宮中を雲にたとえる点で通う。
二句「春こそさらに」の「こそ」は強意の係助詞で、三句の「ね」で結ぶ。「さらに」は、いっそう、の意である。
三句「忘られね」の「れ」は自発の助動詞「る」の未然形、「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形で、自然と忘れることができない、の意である。係り結びの結びで、ここで句切れとなる。
四句「花は数にも」の「数にも」は、物の数としても、の意で、結句の打消と呼応している。
結句「思ひ出でじを」の「じ」は打消推量の助動詞、「を」は逆接の余情を表す助詞で、思い出しもしないだろうに、の意である。
くものうへ:宮中、内裏
とんせい:俗世を離れて出家すること
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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いにしへに変はらざりけり山桜 花は我をばいかが見るらん
- 次の歌
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あまた度ゆきあふさかの関水に 今は限りの影ぞ悲しき