今はとて入りなん後ぞ思ほゆる
山路を深み訪ふ人もなし
- 歌の意味
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もうこれまでと山に入ってしまった後のことが思いやられる。山路が深いので、訪ねてくる人もいない。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1058
詞書「山に登りて暫し行ひなどし侍りける時、詠み侍りける」
山に登って、しばらく仏道の修行などをしていた時に詠んだ歌である。もうこれまでと山に入ってしまった後のことが思われる、山路が深いので訪ねてくる人もいない、と詠む。一時の修行で山に籠もり、その深さと人の来ない寂しさを身に感じながら、いずれ本当に世を捨てて山に入った後もこのようであろうと思いやっている。
作者の「前大納言公任」は藤原公任である。関白藤原頼忠の子で、大納言に至った。和歌、漢詩、管弦のいずれにも優れ、『和漢朗詠集』を編んだ。晩年は出家して長谷に隠棲した。
初句「今はとて」は、もうこれまでと思って、の意で、世を捨てる決意を表す。
二句「入りなん後ぞ」の「な」は完了の助動詞「ぬ」の未然形、「ん」は推量の助動詞「む」の連体形で、山に入ってしまった後、の意である。「ぞ」は強意の係助詞で、三句の「思ほゆる」で結ぶ。
三句「思ほゆる」は、自然に思われる、の意で、係り結びの結びである。ここで句切れとなる。
四句「山路を深み」は「〜を〜み」の形で原因を表し、山路が深いので、の意である。
結句「訪ふ人もなし」は、訪ねてくる人もいない、の意である。本巻の第千九十七首と同じ結句で、ともに訪れる人のない身の寂しさを詠む。
おこなふ:仏道の修行をする
おもほゆ:自然に思われる
とふ:訪ねる、見舞う
- 作者
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藤原公任
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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あまた度ゆきあふさかの関水に 今は限りの影ぞ悲しき
- 次の歌
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憂き世をば峰の霞や隔つらん なほ山里は住みよかりけり