古典和歌stream

谷の戸を閉ぢやはてつる鶯の
待つに音せで春の暮れぬる

歌の意味
谷の戸をすっかり閉ざしてしまったのだろうか。鶯が、待っているのに声も立てないまま、春が暮れてしまった。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1061

詞書「前大納言公任、長谷といふ所に籠もりゐける時、遣はしける」
 藤原公任が長谷という所に籠もり住んでいた時に贈った歌である。谷の戸をすっかり閉ざしてしまったのか、鶯が待っているのに声も立てないまま春が暮れてしまった、と詠む。鶯は冬の間谷にこもり、春になると谷を出て鳴くとされた。長谷に籠もった公任を谷の鶯にたとえ、春が過ぎても便りひとつ寄こさないことを恨みながら、世を離れた友を懐かしむ心を表している。
 作者の「法成寺入道前太政大臣」は藤原道長である。藤原兼家の子で、摂政、太政大臣にのぼり、藤原氏の全盛を築いた。晩年に出家して法成寺を建立した。公任とは同じ年の生まれである。
 前歌の第千六十首と「谷」を共有する。また本巻の第千九十八首も、長谷に住む公任に贈った歌である。

 初句「谷の戸を」は、谷の入り口の戸を、の意で、鶯が冬の間こもるとされた谷の住みかを言う。前歌の第千六十首の二句「谷の底にも」と「谷」を共有する。
 二句「閉ぢやはてつる」の「や」は疑問の係助詞で、完了の助動詞「つ」の連体形「つる」で結ぶ。すっかり閉ざしてしまったのか、の意である。ここで句切れとなる。
 三句「鶯の」は、長谷に籠もる公任を鶯にたとえている。
 四句「待つに音せで」は、待っているのに声も立てずに、の意で、公任から便りのないことを言う。
 結句「春の暮れぬる」の「ぬる」は完了の助動詞「ぬ」の連体形で、連体形で止めて余情を残している。

たにのと:谷の入り口、鶯の冬の住みかとされた
おとす:声を立てる、便りをする
こもりゐる:引きこもって住む
作者
藤原道長
出典
千載和歌集
前の歌
花咲かぬ谷の底にも住まなくに 深くも物を思ふ春かな
次の歌
かくてだになほあはれなる奥山に 君来ぬ夜々を思ひ知らなん