思ふことなくてや春を過ぐさまし
憂き世隔つる霞なりせば
- 歌の意味
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思い悩むこともなく春を過ごせたことだろうか。もしこの霞が、つらい世を隔ててくれるものであったならば。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1064
詞書「寄霞述懐の心を詠める」
「霞に寄する述懐」という題で詠んだ歌である。思い悩むこともなく春を過ごせただろうか、憂き世を隔てる霞であったならば、と詠む。春霞はあたりを包み隠すが、つらい世の中まで隔ててはくれない。霞にこと寄せて、春になっても晴れない心の憂いを、反実仮想の形で述べている。
作者の「源仲正」は源頼綱の子で、源頼政の父にあたる。
本巻の第千五十九首は「峰の霞や隔つらん」と、霞が憂き世を隔てているのだろうかと推し量って山里の住みよさを詠んだ。これに対し本歌は、霞が憂き世を隔ててくれたならばと仮定し、実際には隔ててくれないことを嘆いており、霞の隔てをめぐって対をなしている。
初句「思ふこと」は、思い悩むこと、の意である。
二句「なくてや春を」の「や」は疑問の係助詞で、三句の「まし」で結ぶ。
三句「過ぐさまし」の「まし」は反実仮想の助動詞で、結句の「せば」と呼応し、過ごせたであろうか、の意である。ここで句切れとなり、下の句と倒置の関係にある。
四句「憂き世隔つる」は、つらい世を隔てる、の意である。本巻の第千五十九首の初句から三句「憂き世をば峰の霞や隔つらん」と、憂き世と霞の取り合わせを共有する。
結句「霞なりせば」の「せ」は過去の助動詞「き」の未然形で、「ば」とともに事実に反する仮定を表し、霞であったならば、の意である。
じゆつくわい:心中の思い、特に身の不遇の嘆きを述べること
へだつ:間をさえぎって遠ざける
- 作者
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源仲正
- 出典
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千載和歌集
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年ごとに涙の川に浮かべども 身は投げられぬ物にぞありける
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散るを見て帰る心や桜花 昔に変はるしるしなるらん