- 歌の意味
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花が散るのを見届けて、そのまま帰ってしまう心こそが、桜の花よ、昔とは変わった私のしるしなのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1065
詞書「世を遁れて後、白川の花を見て詠める」
出家した後、白川の花を見て詠んだ歌である。散るのを見て帰る心が、桜の花よ、昔とは変わったしるしなのだろうか、と詠む。かつては散る花を見れば名残を惜しんでその場を去りがたかったが、今は散るのを見てもそのまま帰っていく。そうした自分の心の変化に気づき、それこそ世を捨てた身になったしるしだろうかと、静かに自らを省みている。
作者の「円位法師」は西行である。俗名を佐藤義清といい、鳥羽院の北面の武士であったが、二十三歳で出家した。諸国を旅して多くの歌を残した。
本巻の第千六十八首が、出家した翌年の春に花の色に染めた心を思い返すと詠むのと、出家の後の花を見る心の変化を詠む点で通う。
初句「散るを見て」は、花が散るのを見て、の意である。
二句「帰る心や」の「や」は疑問の係助詞で、結句の「らん」で結ぶ。散るのを見届けてそのまま帰ってしまう心を言う。
三句「桜花」は花への呼びかけで、本巻の第千五十二首、第千五十三首と同じく三句に置かれている。
四句「昔に変はる」は、昔とは変わった、の意である。本巻の第千五十五首の初句、二句「いにしへに変はらざりけり」と、昔に変わるか変わらないかをめぐって対をなす。第千五十五首は花が昔と変わらないことを詠み、本歌は花を見る心が昔と変わったことを詠んでいる。
結句「しるしなるらん」の「しるし」は証拠、あかしの意で、「らん」は現在推量の助動詞の連体形として係り結びの結びとなる。
しるし:証拠、あかし
しらかは:京の東、白川のほとりの地で、花の名所として知られた
- 作者
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西行
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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思ふことなくてや春を過ぐさまし 憂き世隔つる霞なりせば
- 次の歌
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花に染む心のいかで残りけん 捨て果ててきと思ふ我が身に