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世の中を常なき物と思はずは
いかでか花の散るに堪へまし

歌の意味
もし世の中を無常なものと思っていなかったならば、どうして花が散るのに耐えられようか。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1069

詞書「題知らず」
 もし世の中を無常なものと思っていなかったならば、どうして花が散るのに耐えられようか、と詠む。この世のすべては移り変わるという無常の理を心得ているからこそ、花の散る悲しみにも耐えることができると言い、仏道の教えによって落花の悲しみを受け止めようとしている。
 作者の「寂然法師」は藤原為忠の子で、俗名を頼業という。兄の寂超、寂念とともに大原に住み、大原三寂と呼ばれた。西行と親しく交わった。
 本巻の第千五十三首が、誰も心のままにならない世だからと花のはかなさを恨みきるまいと詠んだのと、世の定めを思うことで落花の悲しみを受け止める点で通う。

 初句「世の中を」は、この世の中を、の意である。
 二句「常なき物と」は、常に変わらぬことのない無常なものと、の意である。
 三句「思はずは」の「ずは」は打消の仮定で、もし思わなかったならば、の意である。
 四句「いかでか花の」の「いかでか」は反語で、結句と合わせて、どうして耐えられようか、いや耐えられない、の意となる。
 結句「散るに堪へまし」の「まし」は反実仮想の助動詞で、三句の仮定と呼応している。

たふ:こらえる、耐え忍ぶ
作者
寂然
出典
千載和歌集
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この春ぞ思ひは返す桜花 むなしき色に染めし心を
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