夢とのみこの世のことの見ゆるかな
覚むべきほどはいつとなけれど
- 歌の意味
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この世のことは、ただ夢とばかり見えることだ。その夢から覚めるべき時が、いつとも分からないけれども。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1123
詞書「世の常なきを思ひて詠み侍りける」
世の無常を思って詠んだ歌である。この世のことはただ夢とばかり見えることだ、覚めるべき時がいつとも知れないけれども、と詠む。この世のはかなさを思えば、すべては夢のようにしか見えない。しかし夢ならば覚める時があるはずなのに、迷いの夢から覚めて悟りに至る時がいつなのかはわからないと、無常の思いの中で覚めることのない迷いを嘆いている。
作者の「権僧正永縁」は興福寺の僧で、権僧正に至った。ほととぎすの初音を詠んだ歌で名高く、「初音の僧正」と呼ばれた。
本歌から第千百三十首にかけて、夢と現をめぐって世の無常を詠む歌が多く並ぶ。本巻の第千百二十五首の四句「覚むれば夢の」と、「覚む」「夢」を共有する。
初句「夢とのみ」は、ただ夢とばかり、の意である。本巻の第千百二十五首、第千百二十七首、第千百二十八首、第千百三十首と「夢」を共有する。
二句「この世のことの」は、この世のことが、の意である。
三句「見ゆるかな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、見えることだ、の意である。ここで句切れとなる。
四句「覚むべきほどは」は、夢から覚めるべき時は、の意で、迷いから覚めて悟ることを重ねている。本巻の第千百二十五首の四句「覚むれば夢の」と「覚む」を共有する。
結句「いつとなけれど」は、いつと決まっていないけれども、の意である。
さむ:眠りや夢から覚める、迷いから覚める
- 作者
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永縁
- 出典
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千載和歌集
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思ひかねあくがれ出でてゆく道は あゆく草葉に露ぞこぼるる
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