この世をば雲の林に門出して
煙とならん夕べをぞ待つ
- 歌の意味
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この世からの旅立ちを、この雲林院で門出として、火葬の煙となって空に立ちのぼる夕べを待っていることだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1124
詞書「わづらふことありて雲林院なる所にまかれりけるに、人の訪らへりければ、遣はしける」
病にかかって雲林院という所に移っていた時、人が見舞ってくれたので、その返礼に贈った歌である。この世を雲の林で門出して、煙となる夕べを待っている、と詠む。雲林院の名を「雲の林」と言い換え、病の身でこの寺に移ったことを、この世から旅立つ門出とみなし、火葬の煙となって雲へと昇る夕べを静かに待っていると、死を覚悟した心境を見舞いの人に伝えている。
作者の「良暹法師」は平安時代中期の僧で、歌人として知られるが、伝記の詳細は明らかでない。
本巻の第千九十一首、第千九十二首が庵から立つ煙を詠むのに対し、本歌は我が身が火葬の煙となることを詠んでいる。
初句「この世をば」は、この世を、の意で、この世からの旅立ちを言う。
二句「雲の林に」は、雲林院の名を訓読みにした言い方である。結句の「煙」と縁がある。
三句「門出して」は、旅立ちをして、の意で、この世から旅立つことを言う。
四句「煙とならん」は、火葬の煙となろうとする、の意である。本巻の第千九十一首、第千九十二首の「立つ煙」と「煙」を共有する。
結句「夕べをぞ待つ」の「ぞ」は強意の係助詞で、連体形の「待つ」で結ぶ係り結びである。
うりんゐん:京の北、紫野にあった寺
かどで:旅立ち
- 作者
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良暹
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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夢とのみこの世のことの見ゆるかな 覚むべきほどはいつとなけれど
- 次の歌
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憂きことのまどろむほどは忘られて 覚むれば夢の心地こそすれ