いづくとも身をやる方の知られねば
憂しと見つつもながらふるかな
- 歌の意味
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どこへとも、この身を送り出してゆく先がわからないので、この世をつらいと見ながらも、生きながらえていることだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1126
詞書「題知らず」
どこへとも身を送る方角がわからないので、憂しと見ながらも長らえることだ、と詠む。この世をつらいと思っても、身を寄せて逃れる場所がどこにもない。だからつらいと知りつつも、この世に生きながらえるほかはないと、行き場のない身の嘆きを静かに詠んでいる。
作者の「紫式部」は藤原為時の娘である。上東門院彰子に仕え、『源氏物語』を著した。
本巻の第千百五十首が、世を厭い出ても身を隠す深い山がなければどこに身を隠そうかと詠むのと、「いづく」と「身」の置きどころを詠む点で通う。また本巻の第千百十三首の三句「ながらへて」と「ながらふ」を共有する。
初句「いづくとも」は、どこへとも、の意である。本巻の第千七十三首の初句「いづくにて」、第千百五十首の初句「いづくにか」と通う。
二句「身をやる方の」の「やる」は行かせる、送り出す意で、身を行かせる先の、の意である。
三句「知られねば」の「れ」は可能の助動詞「る」の未然形、「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形で、知ることができないので、と理由を示す。
四句「憂しと見つつも」は、つらいと見ながらも、の意である。
結句「ながらふるかな」は、生きながらえることだ、の意である。本巻の第千百十三首の三句「ながらへて」と「ながらふ」を共有する。
やる:行かせる、送り出す
ながらふ:生きながらえる
- 作者
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紫式部
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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憂きことのまどろむほどは忘られて 覚むれば夢の心地こそすれ
- 次の歌
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憂き夢は名残までこそ悲しけれ 此の世の後もなほや嘆かん