憂き夢は名残までこそ悲しけれ
此の世の後もなほや嘆かん
- 歌の意味
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つらい夢は、覚めた後の名残までもが悲しいものだ。この世の生を終えた後も、私はなおこの世のつらさを嘆き続けるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1127
詞書「述懐百首歌の中に、夢の歌とて詠める」
述懐百首の中で、夢の歌として詠んだ歌である。憂き夢は名残までも悲しい、この世の後もなお嘆くのだろうか、と詠む。つらい夢は、覚めた後までその悲しい名残が残る。同じように、夢にも等しいこの世の生がつらいものであれば、死んでこの世を去った後までも、その名残を嘆き続けることになるのだろうかと、この世の憂さが後世にまで及ぶことを恐れている。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。藤原俊忠の子で、皇太后宮大夫をつとめ、安元二年(1176)に出家して釈阿と号した。『千載和歌集』の撰者で、藤原定家の父にあたる。
本巻の第千百二十三首の二句「この世のことの」と「この世」を共有し、ともにこの世を夢と見る。第千百二十三首が夢から覚める時を知らないと詠むのに対し、本歌は覚めた後の名残までを嘆いている。
初句「憂き夢は」は、つらい夢は、の意で、この世の生を夢にたとえている。
二句「名残までこそ」の「名残」は過ぎ去った後に残る余韻の意で、「こそ」は強意の係助詞で、三句の「けれ」で結ぶ。
三句「悲しけれ」は形容詞「悲し」の已然形で、係り結びの結びである。ここで句切れとなる。
四句「此の世の後も」は、この世の生を終えた後も、の意である。本巻の第千百二十三首の二句「この世のことの」と「この世」を共有する。
結句「なほや嘆かん」の「や」は疑問の係助詞、「ん」は推量の助動詞「む」の連体形で、なお嘆くのだろうか、の意である。
なごり:物事が過ぎ去った後に残る気配や余韻
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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いづくとも身をやる方の知られねば 憂しと見つつもながらふるかな
- 次の歌
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現をも現といかが定むべき 夢にも夢を見ずはこそあらめ