岩そそく水よりほかに音せねば
心ひとつを澄ましてぞ聞く
- 歌の意味
-
岩に降りそそぐ水の音のほかには何の音もしないので、ただ心ひとつを澄ませて、その音を聞いていることだ。
- 鑑賞
-
巻第十七 雑歌中 1134
詞書「閑居水声といへる心を詠み侍りける」
「閑居の水の声」という題で詠んだ歌である。岩にそそぐ水よりほかに音がしないので、心ひとつを澄まして聞く、と詠む。俗世を離れた静かな住まいでは、岩に流れかかる水の音しか聞こえない。その音に耳を傾けるうちに、心もまた水のように澄みわたっていくと、閑居の静けさと澄んだ心境とを重ねて詠んでいる。
作者の「仁和寺法親王(守覚)」は守覚法親王である。後白河天皇の第二皇子で、仁和寺に入って御室となった。和歌を好み、多くの歌人と交わった。
本巻の第千百四十九首の結句「こたへてぞ聞く」と、結句の「〜てぞ聞く」を共有し、ともに静けさの中に響く音に心を傾ける。なお本文の四句は「心ひとつを」とあり、読み仮名の行の「こころひとつに」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「岩そそく」は、岩に降りそそぐ、岩に流れかかる、の意である。
二句「水よりほかに」は、水の音よりほかに、の意である。
三句「音せねば」の「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形で、「ば」とともに、音がしないので、と理由を示す。
四句「心ひとつを」は、ただ心ひとつを、の意である。
結句「澄ましてぞ聞く」の「澄ます」は心を清らかに静める意で、水の縁語である。「ぞ」は強意の係助詞で、連体形の「聞く」で結ぶ。本巻の第千百四十九首の結句「こたへてぞ聞く」と「てぞ聞く」を共有する。
そそく:水が流れかかる、降りそそぐ
かんきよ:世間を離れて静かに住むこと
- 作者
-
守覚法親王
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
憂き世をば捨てて入りにし山なれど 君が問ふにや出でんとすらん
- 次の歌
-
誰もみな露の身ぞかしと思ふにも 心とまりし草の庵かな