いづくにか身を隠さまし厭ひ出でて
憂き世に深き山なかりせば
- 歌の意味
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どこに身を隠したらよいだろうか。世を厭って出てきても、この憂き世に深い山がなかったならば。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1150
詞書「題知らず」
どこに身を隠そうか、世を厭って出ても、憂き世に深い山がなかったならば、と詠む。つらい世の中を厭って家を出ても、身を隠す深い山がなければ、どこにも行き場はない。この憂き世にも深い山があるからこそ、世を捨てた身の隠れ住む場所があるのだと、山への感謝とも安堵ともつかない思いを、反実仮想の形で詠んでいる。
作者の「円位法師」は西行である。俗名を佐藤義清といい、鳥羽院の北面の武士であったが、二十三歳で出家した。諸国を旅して多くの歌を残した。
本巻の第千百二十六首が、どこへも身を送る先がわからないので長らえると詠むのと、「いづく」と身の置きどころを詠む点で通う。第千百二十六首が行き場のなさを嘆くのに対し、本歌は深い山があることに身の隠れ場所を見いだしている。また本巻の第千七十三首の初句「いづくにて」とも通う。
初句「いづくにか」の「か」は疑問の係助詞で、二句の「まし」で結ぶ。どこに、の意である。本巻の第千百二十六首の初句「いづくとも」、第千七十三首の初句「いづくにて」と通う。
二句「身を隠さまし」の「まし」は反実仮想の助動詞で、疑問の語とともに用いて、隠したらよいだろうか、の意を表す。ここで句切れとなる。
三句「厭ひ出でて」は、世を嫌って家を出て、の意である。
四句「憂き世に深き」は、つらいこの世に深い、の意である。
結句「山なかりせば」の「せ」は過去の助動詞「き」の未然形で、「ば」とともに事実に反する仮定を表し、山がなかったならば、の意である。
いとひいづ:世を嫌って出て行く
- 作者
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西行
- 出典
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暁の嵐にたぐふ鐘の音を 心の底にこたへてぞ聞く
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