わが駒をしばしとかるかやましろの
木幡の里にありと答へよ
- 歌の意味
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わたしの馬を、しばらくの間と言って借りるというのか。それなら、山城の木幡の里にあると答えよ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1173
詞書「刈萱」
物名の歌で、「かるかや」という語を、二句の「かるか」から三句の「やましろ」にかけて隠して詠み込んでいる。わが馬をしばらく借りるというのか、山城の木幡の里にあると答えよ、と詠む。馬を借りに来た人を、馬は木幡の里にあると言ってはぐらかす趣で、木幡の里と馬を結びつけた古歌をふまえている。『拾遺和歌集』の柿本人麻呂の歌に、山科の木幡の里に馬はあるけれども、あなたを思うので徒歩で来た、と詠んだものがある。
作者の「源俊頼朝臣」は大納言源経信の子である。堀河院の歌壇で活躍し、白河院の命により『金葉和歌集』を撰進した。
物名の一連の五首目である。
初句「わが駒を」は、わたしの馬を、の意である。
二句「しばしとかるか」の「かる」は「借る」で、しばらくと言って借りるのか、の意である。「か」は疑問の終助詞で、ここで句切れとなる。末尾の「かるか」から次の句にかけて、物名の「かるかや」が隠されている。
三句「やましろの」は山城国のことである。
四句「木幡の里に」の「木幡」は山城国の地名で、山科から宇治へ向かう途中にあたる。古歌に馬と取り合わせて詠まれた里である。
結句「ありと答へよ」は、そこにあると答えよ、の意で、命令形で結んでいる。
かるかや:刈萱、イネ科の草、物名の題として二句から三句にかけて隠されている
かる:借りる
こま:馬
- 作者
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源俊頼
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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池もふりつつみ崩れて水もなし むべ勝間田に鳥の居ざらん
- 次の歌
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みくらやままきのやたてて住む民は 年を積むとも朽ちじとぞ思ふ