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笛竹のあなあさましのよの中や
ありしやふしの限りなるらん

歌の意味
ああ、なんとあきれるほどの二人の仲であることか。かつて共に臥したあの時が、最後となるのだろうか。
鑑賞
巻第十八 雑歌下 1191

詞書「堀河院御時百首の内、恋の歌とて詠める」
 堀河院の御代の百首歌のうち、恋の歌として詠んだものである。ああ、あさましい二人の仲よ、かつて共に臥したのが最後なのだろうか、と詠む。初句の「笛竹」から、「あな(穴)」「よ(節)」「ふし(節)」と笛竹の縁語を連ね、それぞれに「あな(ああ)」「よ(男女の仲)」「ふし(臥し)」の意を重ねて、途絶えた恋を嘆く心を戯れの技巧で詠んでいる。
 作者の「藤原基俊」は右大臣藤原俊家の子である。堀河院の歌壇で源俊頼と並び称された。
 誹諧歌の一連の十二首目である。

 初句「笛竹の」は笛を作る竹のことで、以下の縁語を導いている。本巻の第千百九十六首の初句「笛竹の」と同じ句で、ともに笛竹にちなむ掛詞を用いている。
 二句「あなあさましの」の「あな」は、ああ、という感動の語に笛の「穴」を掛けている。「あさまし」は、あきれるほどひどい、の意である。
 三句「よの中や」の「よの中」は男女の仲を言い、「よ」に竹の節と節の間を言う「よ」を掛けている。「や」は詠嘆の間投助詞で、ここで句切れとなる。
 四句「ありしやふしの」の「ありし」は、かつての、以前の、の意で、「ふし」は共寝の「臥し」に竹の「節」を掛けている。
 結句「限りなるらん」は、最後なのだろうか、の意で、「らん」は現在推量の助動詞である。

ふえたけ:笛を作る竹、また笛
あな:感動の語「ああ」に、笛の穴を掛ける
よ:男女の仲の意と、竹の節と節の間を言う「よ」とを掛ける
ふし:共寝の「臥し」と、竹の節とを掛ける
作者
藤原基俊
出典
千載和歌集
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