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上に置ける文字はまことの文字なれば
歌もよみぢを助けざらめや

歌の意味
歌の頭に置いた文字は、仏の真実の言葉の文字であるから、戯れに詠んだ歌も、詠む道とともに黄泉路を助けないことがあろうか、きっと助けるだろう。
鑑賞
巻第十八 雑歌下 1199

詞書「阿弥陀の小呪の文字を歌の上に置きて、十首詠み侍りける時、奥に書き付け侍りける」
 阿弥陀仏の小呪の文字を一字ずつ歌の頭に置いて十首を詠んだ折、その末尾に書き付けた歌である。上に置いた文字は真実の文字であるから、歌も黄泉路を助けないことがあろうか、と詠む。歌の頭に置いた仏の呪の力によって、戯れに詠んだ歌も死後の道を助けるはずだと言い、「よみぢ」に歌を「詠む」意と死者の行く「黄泉路」とを掛けたところに機知がある。
 作者の「源俊頼朝臣」は大納言源経信の子である。堀河院の歌壇で活躍し、白河院の命により『金葉和歌集』を撰進した。
 誹諧歌の一連の二十首目である。本巻の第千百六十八首が、南無阿弥陀の文字を句の頭に置いた折句の歌であるのと、仏の名や呪の文字を歌の頭に置く趣向が通っている。

 初句「上に置ける」は六音の字余りで、各歌の頭に置いた、の意である。「る」は存続の助動詞「り」の連体形である。
 二句「文字はまことの」の「まことの文字」は、仏の真実の言葉である呪の文字を言う。
 三句「文字なれば」は、文字であるから、の意で、二句と「文字」を重ねている。
 四句「歌もよみぢを」の「よみぢ」は、歌を詠む道の意と、死者の行く黄泉路とを掛けている。
 結句「助けざらめや」の「ざら」は打消の助動詞「ず」の未然形、「め」は推量の助動詞「む」の已然形、「や」は反語の係助詞で、助けないことがあろうか、いや助ける、の意となる。

せうじゆ:短い呪文、ここでは阿弥陀仏の小呪
よみぢ:歌を詠む道の意と、死者の行く黄泉路とを掛ける
作者
源俊頼
出典
千載和歌集
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つらしとてさてはよもわれやまがらす 頭は白くなる世なりとも
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