世の中はみな仏なりおしなべて
いづれのものと分くぞはかなき
- 歌の意味
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世の中のものはみな仏なのだ。総じて、これはどれ、あれはどれと区別するのは、むなしいことだ。
- 鑑賞
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巻第十九 釈教歌 1204
詞書「三身如来を観ずる心を詠ませ給うける」
法身、報身、応身の三身の如来を観想する心を詠んだ歌である。世の中はすべて仏である、おしなべてどれがどれと区別するのはむなしい、と詠む。仏の身は三つに分けて説かれるが、本来はすべてが仏であり、分け隔てすることこそはかないと、差別を超えた悟りの境地を詠んでいる。
作者の「花山院御製」は、冷泉天皇の第一皇子で第六十五代の天皇となった花山院の御製である。在位二年で出家し、のちに和歌に打ち込んで、『拾遺和歌集』の成立にも関わったとされる。
初句「世の中は」は、この世のすべてのものは、の意である。
二句「みな仏なり」は、ことごとく仏である、の意で、ここで句切れとなる。
三句「おしなべて」は、総じて、一様に、の意である。
四句「いづれのものと」は、どれがどれと、の意で、三身の如来を区別することを言う。
結句「分くぞはかなき」の「分く」は区別する意で、「ぞ」は強意の係助詞、形容詞「はかなし」の連体形「はかなき」で結ぶ。次歌の第千二百五首の二句「分きても」と「分く」を共有している。
さんじん:仏の三種の身、法身、報身、応身
くわんず:心を静めて仏や真理を思い描く
わく:区別する
- 作者
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花山院
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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定めなき身は浮雲によそへつつ 果てはそれにぞなりはてぬべき
- 次の歌
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大空の雨は分きてもそそがねど 潤ふ草木はおのがしなじな