神代よりつもりの浦に宮居して
経ぬらん年の限り知らずも
- 歌の意味
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神代の昔から、津守の浦に宮を構えて鎮座し、積もり積もって過ごしてきたであろう年の数は、限りも知れないことだ。
- 鑑賞
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巻第二十 神祇歌 1261
詞書「中納言家成、住吉に詣でて歌詠み侍りける時、詠み侍りける」
中納言藤原家成が住吉社に参詣して歌を詠んだ折の歌である。家成は作者の父にあたる。神代から津守の浦に宮居して経たであろう年の限りは知れない、と詠む。住吉の神が神代からこの浦に鎮まって過ごしてきた悠久の歳月をたたえ、その長さは数えようもないと、神の古さと尊さを詠んでいる。
作者の「大納言隆季」は藤原隆季である。中納言藤原家成の子で、権大納言に至り、四条家の祖となった。
本巻の第千二百五十七首に続く住吉の歌で、ここから第千二百六十五首まで住吉社の歌が並ぶ。
初句「神代より」は、神々の時代から、の意である。
二句「つもりの浦に」の「つもり」は、住吉のあたりの地名の「津守」と、年が「積もり」の意とを掛けている。
三句「宮居して」の「宮居」は、神が宮を構えて鎮座することである。
四句「経ぬらん年の」の「ぬ」は完了、「らん」は現在推量の助動詞「らむ」の連体形で、経てきたであろう年の、の意である。二句の「積もり」と縁がある。
結句「限り知らずも」の「も」は詠嘆の終助詞で、限りも知れないことだ、の意である。
つもり:地名の「津守」と、年が「積もる」意とを掛ける
みやゐ:神が宮を構えて鎮座すること
- 作者
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藤原隆季
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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天の下のどけかれとや榊葉を 三笠の山にさし初めけん
- 次の歌
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数ふれば八年経にけりあはれわが 沈みしことは昨日と思ふに