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いたづらに古りぬる身をも住吉の
松はさりともあはれ知るらん

歌の意味
むなしく年老いてしまったわが身をも、住吉の松は、そうはいってもあわれと知ってくれるだろう。
鑑賞
巻第二十 神祇歌 1263

詞書は前の歌に続き「住吉の社の歌合とて人々詠み侍りけるに、述懐の歌とて詠み侍りける」
 前歌と同じ住吉社の歌合で、述懐の歌として詠んだ歌である。むなしく古びた身をも、住吉の松はそうはいってもあわれと知ってくれるだろう、と詠む。長寿の松として名高い住吉の松を、同じく年を経たものとして頼み、官途に恵まれず老いてゆく身の嘆きを神に寄せている。
 作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。権中納言藤原俊忠の子で、皇太后宮大夫に至り、のちに出家した。本集『千載和歌集』の撰者で、藤原定家の父にあたる。
 前歌の第千二百六十二首とともに住吉社歌合の述懐の歌で、前歌が沈んだ身を、本歌が古りぬる身を嘆いている。次歌の第千二百六十四首も古びた松を詠み、本歌の「古りぬる」と次歌の「古りにける」とが響き合う。

 初句「いたづらに」は、むなしく、何のかいもなく、の意である。
 二句「古りぬる身をも」の「古る」は年を経て老いる意で、「ぬる」は完了の助動詞「ぬ」の連体形である。次歌の第千二百六十四首の初句「古りにける」と照らし合う。
 三句「住吉の」は住吉社のあたりで、松の名所である。
 四句「松はさりとも」の「松」は長寿の木として年を経た身に通わせ、「さりとも」は、そうはいっても、の意である。
 結句「あはれ知るらん」の「あはれ知る」は情けを解する意で、「らん」は現在推量の助動詞「らむ」である。

ふる:年を経て古びる、老いる
作者
藤原俊成
出典
千載和歌集
前の歌
数ふれば八年経にけりあはれわが 沈みしことは昨日と思ふに
次の歌
古りにける松もの言はば問ひてまし 昔もかくや住の江の月