伊勢物語
散るからこそ桜は素晴らしいのだ。この憂いの多い世の中に何が久しくあるだろうか。
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一日中狩りをして日暮れになった。機織(はたおり)の女に宿を借りよう。天の河原に私は来ていた。
機織の女は一年に一度やって来る大切な方を待っているのだから、宿を貸してくれる人はいないだろうと思う。
まだ飽きてはいないのに早くも月が隠れるのだろうか。山の尾根が逃げて月を入れないでいてほしいものだ。
どこも峰が平らになってしまってほしい。山の端がなければ月もそのかげに入らないだろう。
旅先で仮寝をするために枕として草を結びあわせるつもりはない。秋の夜長もたのみにできない夜なのだから。
現実のことを忘れて、今のことを夢かと思う。深い雪を踏み分けて、わび住まいをするあなたにお目にかかろうとは。
すっかり年をとってしまったので、避けようのない死別があるからますます会いたいあなたであることよ。
この世の中に避けることができない別れが無ければよいのに。人の子であるのだから親が千年でも生きて欲しいと祈る。
大切に思い慕っていても私の体は二つに分けることができないので、目も離せないぐらい降りしきる雪が積もって帰れなくなってしまったことこそ君の側にとどまる口実ができて私の本心が望むところです。
長く年月がたった今まで忘れなかった人はいないだろう。おのおのがいろいろな生活を送り年がたってしまったのだから。
芦屋の灘の海辺で塩を焼く海人は、製塩の仕事が忙しく暇がないので黄楊(つげ)の櫛もささないで来たことだ。
世が自分の思いのままになるのが今日か明日かと待つかいもなく流れ落ちる涙の滝とこの滝とどちらが高いだろうか。
この滝の上で玉をつないだ紐をぬいて、玉をばらばらにしている人がいるらしい。受け取る袖はせまく、こぼれてしまうのに玉が絶え間なく乱れ飛び散る。
あのたくさんの明かりは、晴れた夜の星だろうか、河辺の蛍だろうか。それとも私が住むほうの漁師が夜釣りのために灯した漁火だろうか。
海の神様が髪飾りにして挿すための大切な海藻も、あなた様のためには惜しまなかった。