古典和歌stream

土佐日記 - 紀貫之

世の中に絕えて櫻のさかざらは
春のこゝろはのどけからまし

この世の中に、まったく桜がなかったならば、春の人の心はのどかであっただろうに。

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土佐日記 - 紀貫之

千代へたる松にはあれどいにしへの
聲の寒さはかはらざりけり

千年を経た松ではあるけれども、昔と同じく、松風の音の寒々しさは変わらないことだ。

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土佐日記 - 紀貫之

君戀ひて世をふる宿のうめの花
むかしの香にぞなほにほひける

亡き主君を恋い慕って年月を過ごしてきたこの邸の梅の花は、昔と同じ香りで今もなお匂っていることだ。

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土佐日記 - 紀貫之

なかりしもありつゝ歸る人の子を
ありしもなくてくるが悲しさ

下る時にはいなかった子を連れて帰る人もいるのに、連れて行った子を亡くして帰って来ることの悲しさよ。

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土佐日記 - 紀貫之

さざれ浪よするあやをば靑柳の
かげのいとして織るかとぞ見る

さざ波が寄せて描く綾模様を、水に映る青柳の枝を糸にして織っているのかと見ることだ。

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土佐日記 - 紀貫之

ひさかたの月におひたるかつら川
そこなる影もかはらざりけり

月に生えているという桂の名を持つ桂川は、川底に映る月の光も昔と変わらないことだ。

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土佐日記 - 紀貫之

あまぐものはるかなりつる桂川
そでをひでゝもわたりぬるかな

空の雲のように遥かに遠く思われた桂川を、袖を濡らしてでもついに渡ってしまったことだ。

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土佐日記 - 紀貫之

桂川わがこゝろにもかよはねど
おなじふかさはながるべらなり

桂川は私の心に通じているわけではないけれど、私の思いと同じ深さで流れているようだ。

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土佐日記 - 紀貫之

うまれしもかへらぬものを我がやどに
小松のあるを見るがかなしさ

この家で生まれた子も帰って来ないのに、わが家に新しく小松が生えているのを見るのは悲しいことだ。

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土佐日記 - 紀貫之

見し人の松のちとせにみましかば
とほくかなしきわかれせましや

亡くなったあの子を、松の千年のように長く見続けることができたならば、遠い地での悲しい別れなどしただろうか、いやしなかっただろう。

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