土佐日記 - 紀貫之
ここは霜さえも降りない地方だと人は言うけれども、波の中には雪が降っていることだ。
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水底に映る月の上を漕いでいく船の棹に触れるのは、月に生えているという桂の木であるらしい。
水に映る影を見ると、波の底にある空を漕ぎ渡っていく私は、なんとも寂しいことだ。
荒波の打ち寄せる磯には、年月の区別もなく、いつも雪ばかりが降っている。
風に吹き寄せられる波の打つ磯には、鶯も春も知ることのできない花ばかりが咲いている。
立つ波を雪か花かと見せかけて、吹く風が波を寄せながら人をだましているようだ。
青い海原をはるかに仰ぎ見ると、月が出ている。あれは故郷の春日にある三笠の山に出ていた月なのだなあ。
都では山の端に出入りするのを見た月であるが、ここでは波から出て波に沈んでいくことだ。
私の髪の雪のような白さと、磯辺の白波と、どちらがまさって白いか。沖の島の番人よ。
漕いで行く船から見ると、山までも動いていくのに、山の松はそれを知らないのだろうか。
ただ波とばかり聞いていたけれど、その色を見ると、雪とも花とも見分けがつかないことだ。
海の旅を守るちぶりの神に手向ける幣を吹き送る追い風よ、やまずに吹き続けてほしい。
追い風が吹いた時は、進む船の帆手が鳴るとともに、人々も手を打って、本当にうれしいことだ。
遠い太陽でさえ空の雲の近くに見えるのに、都へと思う道のなんと遥かなことか。
吹く風が絶えない限り、波が立ってくるので、海路はいっそう遥かに思われることだ。
はっきりしないことだ、今日は子の日なのだろうか。私が海人であるなら、せめて海松だけでも引くだろうに。