平家物語
雲の上で見たのと変らない月の光が、澄んでいるにつけても、何とも悲しいことだ。
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我が身こそ明石の浦に旅寝することになったけれど、その同じ波にも、やはり月は宿っていることだ。
都を今日限りと思って離れ、この関の水に、再び逢坂で我が姿を映すことがあるだろうか。
堰きとめかねて涙のかかる、この唐衣を、後の形見として脱ぎ替えることだ。
脱ぎ替えた衣も、今となっては何になろう。今日を限りの形見だと思えば。
帰って来ることは難い——その堅田で引く網の目に水が溜まらないように、目にも溜まらずこぼれ落ちる、私の涙であることよ。
ほととぎすが花橘の香を求めて来て鳴くのは、昔の人が恋しいからなのだろうか。
岩根を踏み分けて、誰が訪ねてこようか。楢の葉がそよぐのは、鹿が渡っているのであった。
池の水に、汀の桜が散り敷いて、波の花こそが今を盛りであったことよ。
思いもしなかった。深山の奥に住まいして、雲居の月をよそながら見ることになろうとは。
このごろは、いったいいつ習い覚えたのだろう、私の心が、大宮人を恋しく思うようになったのは。
昔のことも夢になってしまった事であるから、この柴の編み戸の暮らしも、長くは続くまい。
昔は月にたとえた君であったが、いまはその光もない、深山のほとりの里であることよ。
さあそれでは、涙を比べよう、ほととぎすよ。私もこの憂き世で、声をあげて泣いてばかりいるのだから。