大和物語
夜が明けたといって急いでしまうといけない。逢坂に霧が立ったとしても、あの人に聞かせないでほしい。
詳細を見る
どうにかして私は消えてしまいたい。白露が消えるように、帰ったのちに物思いをせずにすむように。
垣根の朝顔のような、あなたの朝の顔を見てみたいものだ。帰ったのちに本当に物思いをするのかと。
心をあなたのもとに残して帰ってきたのだから、物思いをするのは、はたして私なのだろうか。
魂などというものは、面白いことも何もなかった。あらゆるものは、殻でこそあったのだ。
高くあってもどうしようもない。呉竹の一節二節のような、ひと夜ふた夜のかりそめの契りなど。
不吉だといって忌み嫌ったところで、今となっては何の甲斐もあるまい。せめてつらい思いをこの扇に託して送ろう。
不吉だといって忌み嫌うべきものを、私のためにないとは言ってくださらない。つれないのは、はたして誰なのだろう。
物思いをして、月日の過ぎるのも知らないうちに、今年は今日で終わってしまうと聞く。
どうにかして、このように思っているということだけでもせめて、人づてでなくあなたに聞かせたいものだ。
今日とてやがては暮れないことがあろうかと思うけれど、それまで堪えられないのが人の心なのだった。
伊勢の海の千尋の浜で拾ったとしても、今となっては何の甲斐もなく思われることだ。
亡き人の巣守にでもなってくださるはずだったのに、もうこれまでと帰っていかれる今日の悲しさよ。
巣守になろうと思う心はとどめているけれど、その甲斐があるはずもないと聞いております。
白山に降り積もった雪で道の跡も絶えて、今は越路を通う人もない。
波の立つ方角も知らないけれど、海のように、うらやましく思われることだ。