古典和歌stream

蜻蛉日記 - 藤原道綱母

よろづよを野べのあたりに住む人は
めぐるめぐるやあきを待つらむ

万世を、野辺のあたりに住む人は、めぐりめぐって秋を待つのだろうか。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

降る雪につもる年をばよをへつゝ
消えむごもなき身をぞ恨むる

降る雪に積もる年を、世を経ながら、消える時期もない我が身を恨むことだ。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

よのうちは松にも露はかゝりけり
明くれば消ゆるものこそ思へ

夜のうちは松にも露はかかっていたのだった。明ければ消えてしまうものだと、思い知ることだ。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

鶯もごもなきものやおもふらむ
みなつきはてぬ音をぞ鳴くなる

鶯も、終わる時のない物思いをしているのだろうか。六月になっても尽き果てない声で鳴いているようだ。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

鳴きかへる聲ぞきほひて聞ゆなる
まちやしつらむ關のひぐらし

鳴き返す声が競い合って聞こえてくる。待っていたのだろうか、関のひぐらしは。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

うらやまし駒のあしとく走井の

うらやましいことだ。駒の足が速く走る、その走井の——

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蜻蛉日記

しみづにかげはよどむものかは

清水に姿が淀むものだろうか。淀みなどしはしない。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

うき世をばかばかりみつの濱べにて
淚になごりありやとぞ見し

つらい世をこれほどと見た、その三津の浜辺で、涙に名残があるかどうかと見届けたことだ。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

いなづまのひかりだにみぬやがくれは
軒ばのなへもものおもふらし

稲妻の光さえ見ない家隠れでは、軒端の苗も物思いをしているらしい。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

さゝがにの今はと限るすぢにても
かくてはしばし絕えじとぞ思ふ

蜘蛛の糸の、今はもうこれまでと限られる筋であっても、こうしてしばらくは絶えまいと思う。

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蜻蛉日記

絕えきとも聞くぞ悲しき年月を
いかにかけこしくもならなくに

絶えてしまったとも聞くのが悲しいことだ。この年月を、どのように糸を掛け渡してこられたのか。雲になったわけでもないのに。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

あらそへば思ひにわぶるあまくもに
まづそる鷹ぞかなしかりける

言い争えば、思いに堪えかねる、その天雲に、まっさきに逸れてゆく鷹こそ悲しいことだ。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

思ひせく胸のひむらはつれなくて
なみだをわかす物にざりける

思いをせき止める胸の火むらは、そしらぬ顔をしていて、涙を沸かすものであったのだ。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

うちはらふ塵のみ積るさむしろを
なげく敷にはしかじとぞおもふ

払っても塵ばかりが積もる狭筵も、嘆きを敷くことには及ぶまいと思う。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

なびくかな思はぬかたに吳竹の
うき世のすゑはかくこそありけれ

なびくことよ、思いもよらぬ方へ。呉竹の、このつらい世の末は、こうであったのだ。

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蜻蛉日記 - 藤原道綱母

降る雨のあしとも落つるなみだかな
こまかにものを思ひ碎けば

降る雨の脚とも見えるほどに落ちる涙であることよ。細やかに、物を思い砕くので。

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